その半生が世界中で語り継がれているポール・マッカートニーだが、プライヴェートでも仕事でも何度か苦境に立たされている。そんな時、賢明なポールはいつも自分の音楽の出発点に戻っていく――比ゆ的な意味でも、言葉どおりの意味でもだ。ビートルズ末期の困難な時期には、未完に終わったプロジェクト『Get Back』で原点回帰を図った。この時の録音は、後にアルバム『Let It Be』(邦題『レット・イット・ビー』)に姿を変えてリリースされることになる。ソロ転向後の1980年代後半に迎えた低迷期には、1950年代のどんちゃん騒ぎを再現した『CHOBAB CCCP (Back in the USSR)』(邦題『バック・イン・ザ・USSR』またの名を“ロシアン・アルバム”)を制作した。
・ iTunes Japan : Run Devil Run – ポール・マッカートニー
・ iTunes USA : Run Devil Run – Paul McCartney
そして妻リンダを亡くした今、ポールは50年代のヒット・ナンバー、B面用トラック、知名度の低い曲をごちゃ混ぜにした本作に回帰(Get Back)する。ポール自身が書き下ろした3曲も収録されているが、いずれも驚くべき完成度で、他のトラックに違和感なく溶け込んでいる。バック・バンドにはイギリスの百戦錬磨のベテラン勢が集結。ギターにピンク・フロイドのデイヴ・ギルモアとジョニー・キッド&パイレーツのミック・グリーン、ドラムスにディープ・パープルのイアン・ペイスという顔ぶれだ。彼らの勢いのある演奏から、音楽に対する入れ込みようが伝わってくる。
・ Google Play Music : Run Devil Run (1999)
・ apple music : Run Devil Run (1999)
ポールはおなじみの曲(ジーン・ヴィンセントの「Blue Jean Bop」、エルヴィス・プレスリーの「All Shook Up」)にも、おなじみでない曲(ヴァイパーズのスキッフル・ヒット「No Other Baby」、カール・パーキンスの「Movie Magg」)にも同じ情熱を持って取り組んでいるが、隷属(れいぞく)的な姿勢に陥ってはいない。このことは、チャック・ベリーの「Brown Eyed Handsome Man」をスタイリッシュなザイデコ調に改変していることで明らかだろう。
ポールのオリジナルとなる「Try Not to Cry」と「What It Is」、そしてリッキー・ネルソンの「Lonesome Town」は、ポールの経験した愛と喪失とにかなりストレートに結び付く内容なのだが、悲しみを見せまいとするかのような自信たっぷりのアップビートに彩られている。つまるところ本作は、音楽の楽しさを再発見すると同時に、つらい思いを振り払うためのアルバムなのだ。ポールのヴォーカルはどこを聴いても脂が乗り切っている。(Jerry McCulley, Amazon.co.uk)